「婆さん」に話しかけられるようになったら

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 気が付きたくはなかったわ。でも最近、気が付いてしまったことがあるの。それは、近頃、よく、「婆さん」に、声をかけられるようになった、ってことなの。

今日もそうだったわ。10年前は、これほど、年寄りに話しかけられることはなかった……ような気がするの。 

 どういうこと、なぜかしら?

 

それは、ひょっとして、私が、「婆さん」から「同類」とみなされた、ということかしら?

 

「親近感」「同世代感」を持たれた、ってわけかしら? 

 類は友を呼ぶ? 同病相憐れむ? ってやつかしら? 

 ……嬉しかないけど、まぁ、いいかしら。

 

同類の、年寄りだとて、おっかない顔した人に、わざわざ、話しかけるようなことはしないもの。

 見知らぬ人に声をかけるのは勇気がいるものよ。

この人なら私の話を聞いてくれそう、受け入れてくれそう、優しそう、寛容さを持ち合わせた大人女(年寄り・同類)と思ってくれたのだもの。

同類……少しも嬉しかないけれど。そう思われたくないけれど。

 

でも、せめて、その期待を裏切らないよう、袖すり合うも他生の縁、年寄りには親切に、精一杯、感じのいい笑顔で接することにしましょ。話かけてきた見知らぬ人と、一瞬でも楽しい会話が交わせたら、それはそれで良き事、これも人徳というものかしら、そう肝に銘じる今日この頃ですの。

 

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 スマホのない時代に、「私って、よく、道を訊かれるの」と、柔和な顔立ちの若い人が言えば、それはね、あなたが親切で優しそうに見えるからなのよ。

それは、いいことよ。

 と、言ってはきたものの、思い起こせば、若いころ、私って、道を訊かれたことなんて……あったかしら? ほとんど、なかった? 全然、なかった? ような気もしたりして……。

 

そんなことも今や記憶の彼方で行方不明。……まっ、いいか。

 だいたいね、方向音痴の私に道を尋ねること自体、間違っているわけね。それを思えば、なるほど、世間の目は、さほど節穴じゃなかった、ってことにしときましょ。

 

 となると、婆さんが私に道を尋ねるのでなく、にこにこ顔で近づいてくるのは、やはり、私のことを同類、お墨付き年寄り、と認めてくださった、ってことになるわけかしら、ね。

 

でも、でも……そちらが勝手に同世代感を、私にお持ちくださっても、楽しくおしゃべりできたとしても、私は、あなた方には同世代感は持てませんの、それとこれは別、とりあえずはそういうことなので、あしからず。

 

「それは、歳のせいよ」ああ、また、このセリフと、あのアンタの顔が浮かんでしまう。

 

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