オバサンだからこそ、カワイイは永遠なのだ

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寝る前に読む本がなくなって久しい。なので古い本を探しまた開くという今日この頃。するとページの間から栞がわりに使っていたと思われる、こんなものが出てきた。 

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“カワイイ”という美学、“ロマンティック”よ、永遠に。だって。

「カワイイ」も「ロマンティック」も失ってしまったオバサンだからこそ、その価値がわかるのだ。

10年前、今より10も若かったのだわね、懐かしいでござる。行った記憶、確かに、ある。このために東京駅へ向かったわけではないが、たまたま開催されてたものだから入ってみた、そんな感じだけれども。

この人は少女向けばかりでなく、知る人ぞ知る『薔薇族』の表紙絵も描いていた、だからオジサンも2人や3人はいるかと思ったが、全くいなかった。来たとしてもオバサンばかりの会場見たら、ひるんでしまうね、踵を返すね、心優しいオッサンは。

会場はかっての少女時代がどうにも想像つかない、元・昔・少女のオバサンがワンサカワンサカワンサカワンサカイェイェイェイェーで埋め尽くされていた。

オバサンの十把一絡げ、印象に残るような人はいなかったが、しかし、1人、全身ピンク色に身を包んだ「少女おばさん」発見。

 

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この人のピンクは『ピンク夫人とその夫』のショッキングピンクでなく優しい色合いのベビーピンクであった。服も靴もバッグも、ぜーーーんぶ、ピンク色。真冬で確かマスクをしていて、そのマスクも淡いピンクだったような。

夢見る頃をとっくに過ぎて見た目は様変わりしてしまったけれど、あの日の少女は心の中でいまだ健在、少女おばさんはそんな感じの人だった。

自分を客観的に見つめることは大事かもしれないけど、逆に、もう、この歳だもん、客観的視線などどうでもいい、似合う似合わないも知ったこっちゃない、自分の着たいものを着るの、それが私の幸せの秘密、と、すれ違いざまに「少女おばさん」は私の耳元でささやいた(想像)。

 

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