昨日は付き添いでいつもの病院に。数ヶ月前も書きましたが、昨日もいつもと同様、待合室は、前後左右、例外なく「年寄りばかり」でありました。
その中に私たちもすんなり溶け込んでいたことでしょう。しかし、それにしてもすごい数の年寄り、自分のことは棚に上げ、ここは老人病院、老人専科かと思うほど。
でも、「だから、気が楽だわ」と病人が言う。なるほど納得、確かにそれはありましょう……しかし、それを聞いたオババの気持ちはビミョーであります……。
で、仕事を辞めたオババはこれからの健診をどうするか? 隣人の奥さんは(元・医療従事者)集団検診だけでいいわ、それ以上の検査はしない、何かあれば再検査は受けるけど、いつもそう言っております。
オババにああしろこうしろとは言わないけど、オババもこれからはそうするか? と思っているのだが……。
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しかし、予約制とはいえ、集団健診所は、またまた年寄りばかりでしょ。と、年寄りのくせに、そんな気持ちにもなってくる。でも、気楽といえば気楽ともいえる……か?……ビミョー。
でも、健診は受けなきゃダメ? 健診じまい、は、もっと先かしら? しまっちゃうにはまだ早いかしら? 恐怖は先で知るより、今、知った方がいいかしら? いいや、どれだけ調べたところで、安心とは限りませんぜ、絶対なんてありえませんぜ。
そうはいっても知らぬが仏でいられない、それでは済まない、知るも恐怖、知らぬも恐怖、そんな年寄りになっていた。
うーん、どうするか、一病でも二病でもそれなりの息災で、それなりのピンコロを目指す年寄りは、今、マジで考えている。
病院は怖いが、安心感も与えてくれる。しかし、行く前は知る前は、不安でいっぱい。何かあったら? 知らされたら? ……それは今は、考えないでおこう、本当の病気になってしまいそうだ。
と、まだ検査もしないうちに、不安と心配で胸いっぱいになってしまう年寄りだった。「年寄りばかり」なんて、そんなこと言ってられる余裕はない、まごうことなき年寄りなのだった。
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