今じゃ、文句を聞く、聞ける、聞かされる人となった私ですが、かってそうではなかったようなのです。
あれは30年ほど前のある夜、とある店で呑んでいた時のこと。その店には週1だか月1だかで占い師さんがやって来るのだった。
占い師は呑みに来るのでなく酔客の手相を観に来るのであった。これは面白そう、早速、ワタシも観てもらうことにした。
しかし、この酔っ払い、何を言われたのか、なーんにも覚えちゃおりません、鑑定料金さえ支払った記憶がございません。
しかーし、その女性占い師が言った一言だけは30年以上過ぎた今でも鮮明に覚えているのだった。
その女性占い師はこのワタシに、あろうことか「文句の多い人」と言い放ったのだ。
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えーっ、うっそー、まさか、これぞ晴天の霹靂、あり得ない、このワタシに限って、なんてこと言うのよ、酔いが醒めるじゃないの……面白くないである、イヤである、気に食わないである。
だって「文句の多い人」それは何を隠そう、ワタシの母のことだからである。ああはなりたくない、ああはなってはいけない、そう常に意識し気を付けてきたつもりなのに。
ああ、それなのに、なんで、どうして、そのワタシが、そうなるの、今までそんなこと言われたこともないのに、それを初めて会った人に言われるなんて、酔っ払った頭は大ショック。
あれから幾年月、あの日あの時あの女性占い師さんに言われた「文句の多い人」それを心の奥深くに刻み付け、「そうはなるまい」「そうはなりたくない」と今日まで精進してきました。
こうしてワタシは「文句を言う人」から「文句を聞く人、聞ける人、聞かされる人」に成長したわけです、人間やればできるものです。
ほんとか? 半分はね、そうよ、まだまだ成長途上だけれどね、自分で自分を褒めないで誰が褒めてくれるというのか。
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