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当たり前が当たり前でなくなる時…命それとも脚か

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走れなくていい、歩ければ

ちょっと大袈裟だったかしら? このタイトル、でも、少しも大袈裟じゃない、本人にとっては一大事ですよ。

歩く、歩けることは当たり前だったのです、ちょっと前までは。ところが普通に歩く、これがままならなくなってしまったのですから、一大事でなくて何でありましょう。

しかし、この痛みとの付き合いは長いとはいえ、今回はどんどん痛みがひどくなっている。下肢に特別、負担をかけるようなことはしていないはずなのに、加齢は別として。

ががががががしかし、股関節にかかる負荷ふかフカは生きてるだけですごかった。

立位で:体重の 0.6 ~ 1 倍

歩行で:体重の 3 ~ 4.5 倍

ジョギング:体重の 4 ~ 5 倍

階段の上り下り:体重の 6.2  ~ 8.7 倍 

毎日毎日これだけ負荷をかけ倒しているわけですね、膝も股関節もご苦労なことです。それと足首もだ、そして意外と気が付かないけど小さな面積で全体重を支える足の裏。

偉いね、労わってあげなくては。でも何でもない時はそんなこと気にもかけない、当たり前過ぎて。

しつこいけれど当たり前じゃないんですよ、歩けるってことは。失って初めてその有難さに気が付くのです。

しかし、特別、脚に負荷をかけるようなことはしていない……では、まだ脚が絶好調という時もあった3ー4年前と比べて加齢はさておき、何が違うのか? 

理由は1つではないけれど、体重を忘れていた。以前8キロ太った、と書いたことがあるけど、多分、今はそれ+2キロはある?

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体重増えて、いい調子だと思っていた。痩せは病気に対して抵抗力、体力がない、だから高齢者は小太りくらいがいい、最近はそんなことを聞く。

だからガイコツババアは頑張った、やっと人並み近くになって喜んでいた、体力もついてきたように勝手に思い込んでいた。

しかーし体重増は股関節、膝関節に負担だった。運動もせずに食べる量は増え続け、そして10キロ増、やはりこれは関節に負担だったのか?

加齢増し増しで運動もせずに体重が増える、でも、筋肉は痩せていく……これって最悪じゃないか。

ガイコツババア時代を振り返る……調子、良かった、よく歩いた歩けた、スクワットだって片足立ちだってお茶の子さいさいだった。体の柔軟性だって今の比じゃなかった、走ることもできた。

それを思えば、たった数年で、それはやはり体重増に関係あるのか? そう考えると色々と他にも思い当たることがある。

人には人それぞれに適正体重というものがあるのだ。太目で抵抗力、体力あっても寝たきりで長生き、それは嫌だ、嫌だと言ってもこればかりはだけれど。

しかし、ここで痩せたらまた筋肉も痩せていき? うーん、どうすんの? 体力なくてもそれなりでいい、それで寿命が3年5年縮まっても、それよりギリギリまで歩ける脚が欲しい。

それには筋肉か? あちらを立てればこちらが立たず、うーん。それに健脚でも認知症なら? なまじ脚が丈夫なものだから徘徊で、迷子……。

うーん、歳をとるって大変ですね。

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