介護記事で思いだす、母と姉との確執・決別

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歳のせいでしょうか、最近は介護に関することが書かれたブログに目がいきます。

家で親を介護されてる方には、ほんと、頭が下がります。

我が家も、母の介護、そして施設入所では、ひと悶着、大波乱、大騒動がありました。

結局、母は施設で亡くなったわけですが……それしか選択肢はなかった……ですが……。

家で介護できないのであれば、ああ、それならば、せめて、もっと、もっと、会いに行くべきだった、母に、何を言われても。

と、今は思いますが、正直、訪問する前の日から気が重かった、当日も足取りが重かった。

もう義務感だけ、そんな感じの日もありました。

「えー、うちの母親ってこんな人だったの?」

歳をとればとるほど、泣きごと、愚痴、文句が激しさを増していき、

「こんなに性格、きつかった? 我儘だった?」

そんな母が施設に入る前、今、私と一緒に暮らす姉が、どうしたことか母と決別しましてね。

その「どうしたことか」がなんだったのか、今では覚えておりません。姉に訊くこともしません。

とはいえ、姉は母に対して、積年の? モヤモヤだか何だかがあり、母のちょっとした言葉だか態度で、今まで心の中に閉じ込めていたモヤとボヤが大噴火してしまったようなのです。

ですから母が施設に入ってからも、会いに行くことはありませんでした、何年間も。

母もその間、姉の話をすることはありませんでした。

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姉も気にはなっていたと思います。で、ある日、私と一緒に母の面会に行くことにしました。母にはその時まで内緒です。

施設に到着し、部屋に母を迎えに行き、車椅子の母と、姉の待つ広間? に。

姉に気が付いた母は、驚き、大きな声で、

「あらー、〇〇ちゃん?(姉のこと) 来てくれたの?」と、満面の笑みで喜びを示したのです。

母と娘、数年ぶりの再会、感動のご対面、に、なるはずだったのですが、

ががががががが、どうしたことでしょう。

母はそれっきり2度と姉を見ることも、言葉をかけることもなく、私にだけ、次から次へと喋り続けるのです。

まるで、そこに姉が存在していないがごとく。

完全、無視、あえて、無視、そんな感じでしょうか。

それは姉と私が帰るまで続き、私たちを見送る時も、母は、姉を完全無視です。

施設を出、姉と駅へ向かう足取りの重いこと、気まずいこと。

気を取り直して、美味しいものでも食べて帰ろう。

ですが、あえて、無理やり? 母の話しは避け、呑み食いに集中するようにしましたが、なーんか、わざとらしくて、盛り上がりません。

母を訪ねたばかりに、また、姉は、嫌な思いをしたことでしょう。

その日を最後に、再び、姉が母に行くことはありませんでした。

それから数年後、母は静かに亡くなりました。

母と姉にとって、数年前のあの日が、今生の別れとなったわけです。

母は、姉を許さなかった。

姉の顔を見て、思いだしたのかもしれません。

今まで、1度も面会に来なかったことを。それが恨みつらみとなって、あの日、一挙に……。

姉には姉の、母を許せない理由があって、それまで会いに行かなかったわけですが……。

まぁ、他にもね、色々とね、ありますのよ。きょうだい間でもね。

肉親だからこそ、それはあります、大いに。

ああ、厄介だ。

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